未来へつながるコーラスリレー

My シナソングランプリ

未来へつなげるコーラスリレー フルコーラスチャレンジ

募集内容

50周年記念ムービーに出演しよう!
「未来へつながるコーラスリレー」

同時開催「全部歌える!フルコーラス♪チャレンジ」

投稿いただいた動画の中から一部をつないで、信濃の国6番までの映像作品を作ります。

♪どのフレーズが採用されるかな?!♪

特典

長野県ゆかりの著名人たちと一緒にPVに出演しよう!

峰竜太さん GLIM SPANKY 松尾レミさん 亀本寛貴さん

松山三四六さん ニッチロー’さん 新田恵海さん 滝沢沙織さん

汐入規予さん 長野県“住みます”芸人「こてつ」北村さん 河合さん

NEW! 清水まなぶさん 湯澤かよこさん 出演決定 !!

①50周年記念ムービーに出演!
応募いただいた作品は50周年記念に制作するPR動画用に編集します。
長野県ゆかりの著名人の出演も o(*゚▽゚*)o
思い出に!PRに!みなさんで信濃の国50周年を盛り上げましょう♪
(50周年記念ムービーは、「信濃の国」公式サイトの他、県内イベント等で公開予定)

②抽選で「信濃の国おすそわけセレクション」の中から好きな賞品を1つプレゼント!
「1番・2番」「3番・4番」「5番・6番」「フルコーラス♪チャレンジ」の応募者の中から抽選で各1名様に「選んで納得!信濃の国おすそわけセレクション」をプレゼント。
(A賞〜D賞の中からひとつをお選びいただけます)

A賞 B賞 C賞 D賞
長野県って広いから!
県内宿泊補助券1万円分
おいしいしあわせ!
特産品セット
銀座NAGANOおすすめ!
信濃の国オリジナルセット
いいジャン!
信濃の国ジャン
(オリジナルジャンパー)
A賞 B賞
長野県って広いから!
県内宿泊補助券1万円分
おいしいしあわせ!
特産品セット
C賞 D賞
銀座NAGANOおすすめ!
信濃の国
オリジナルセット
いいジャン!
信濃の国ジャン
(オリジナルジャンパー)

トロフィー プレゼント

わたしの信濃の国 シナソングランプリ

募集内容

わたしの“信濃の国”を表現しよう!
「MYシナソングランプリ」

  • アルクマダンス部門
    アルクマダンスを参考にオリジナルの表現で信濃の国を表現しよう!
  • ゆかりの写真部門
    信濃の国にゆかりのある場所やモノを写真に撮って投稿しよう!
  • エピソード部門
    ショートエッセイや俳句、絵手紙など表現は自由!みんなの思い出を投稿しよう!

特典

各部門のグランプリには次の賞品を進呈!

①オリジナルトロフィー

②「信濃の国おすそわけセレクション」の中から好きな賞品を1つプレゼント!

A賞 B賞 C賞 D賞
長野県って広いから!
県内宿泊補助券1万円分
おいしいしあわせ!
特産品セット
銀座NAGANOおすすめ!
信濃の国オリジナルセット
いいジャン!
信濃の国ジャン
(オリジナルジャンパー)
A賞 B賞
長野県って広いから!
県内宿泊補助券1万円分
おいしいしあわせ!
特産品セット
C賞 D賞
銀座NAGANOおすすめ!
信濃の国
オリジナルセット
いいジャン!
信濃の国ジャン
(オリジナルジャンパー)

トロフィー プレゼント

応募作品紹介

「いいね」で好きな作品に投票しよう!

アルクマダンス部門

アルクマダンス踊ったよ!!

みんなも一緒に踊ろう!!
信濃☆
ハロウィンイベントでお姉さんに教わりながらアルクマダンス
を踊ったよ。かっこいい海賊も可愛いプリンセスもみんなで一緒に
ダンス・ダンス・ダンス!
はじめて踊るおともだちもがんばっておどってくれました
思わず笑みがこぼれてしまうそんなゆるさも長野らしさ!!?
大人も子どももみんなで楽しめるそんな県歌信濃の国のアルクマ
ダンスバージョンinハロウィンストリートぜひご視聴ください
ちびっこオバケのハロウィンダンス
佐久市立浅科小学校4年生です。
県歌「信濃の国」で長野県のことを学習したり
運動会ではダンスを披露したりしています。
私たちは長野県が大好きです。
佐久市立浅科小学校 4年生
楽しく踊れました😄
撮影場所:コスモホール
ひま
アルクマになってダンスおどってみました(๑˃̵ᴗ˂̵)
まこ
S.O.Pストリートダンススクール
こんにちは! 踊ることと、ご当地キャラが好き!踊ってみた動画を投稿しているなりゆき です!
この動画で『わたしの“信濃の国” MYシナソングランプリ』のアルクマダンス部門に応募します!
埼玉県民だし、撮影場所は東京だし、ダンスちょっと間違えてるけども!よろしくお願いします!
なりゆき
「信濃の国」にスタンツ(組体操)を取り入れて、チアリーディングの演技にしています。イベントでもパフォーマンスしており、老若男女問わず盛上る1曲で、須坂コルツの鉄板ネタです。
チーム「コルツ」長野チアリーディングスポーツ少年団 須坂コルツ

エピソード部門

  • 「信濃の国」県歌制定50周年記念おめでとうございます。
    連なる山々、そびえる大空にあかね雲、夕陽が山々を照らす。
    「信濃の国」を聴く度、アルプス百景、海遠く、空高く、寒暖激しく、南北に流れる川、川魚、花見の友、おいしい郷土食、北の善光寺、松本城、客足絶えず、世に仰ぎし冬季オリンピック大会、日本選手の活躍、心に蘇ります。
    千野里美
  • 伊那市いきいきサポーターは日頃地域の方々の健康づくりや介護予防、運動不足解消等を行っておりますが、2年に一度全国から集まる元気げんきフェスティバルに参加しています。
    今年は武道館で10月1日にいきいきサポーター総勢100名弱で参加します。
    晴れの舞台の武道館で50周年の信濃の国を踊れて、皆感無量です。
    ちなみに平均年齢74歳です。
    この動画は練習の様子です。

    <※キャンペーン窓口注>練習の様子は下記のURLにアクセスしてご覧下さい。
    https://youtu.be/DxKBcrz9ZWA
    いきいきサポーター伊那、高遠
  • 第一志望の東京の大学に合格し、憧れだった東京での学生生活&一人暮らしを始めましたが、早速ホームシックになり、故郷信州への郷愁に駆られていました。

    ある日、入ったばかりの大学のサークルの他県出身の先輩から、「長野県出身だったら、県の歌とかいうやつを県民皆んなが歌えるんだろう?」と言われ、ハッとしました。そうだ、「信濃の国」を歌えば、信州をいつでも思い出せる、と私はその瞬間思いました。

    それからは信州が恋しくなると、YouTubeで聴いたり、カラオケで歌ったりしました。

    信州は南北に長く、気候や風土も南北で全く異なりますが、どこに住んでいる信州人でも、
    この「信濃の国」が歌えるという文化は、100年、200年と後世に残してゆきたい信州の誇りだと思います。
    ずくなし山豚
  • 私達は松本市を拠点として活動するアカペラグループ「松本ママカペラ」です。
    県歌「信濃の国」50周年をお祝いして緊張感丸出しで歌わせていただきました。
    これにはちょっとしたエピソードがあります。

    昨年2017年の5月。
    神戸の人気アカペラグループによる、母の日コンサートが安曇野で開催されました。
    もちろん、私達ママカペラも自分へのご褒美だと喜んで行ったのですが、その時聴いたのがこの「信濃の国」だったのです。

    私は未だに、その時の感動と衝撃を強く覚えています。

    「うわあ!先を越された!」なんてライバル心もちらつきながらも、練習も打ち合わせもないのに会場にいる誰もが歌える県歌の魅力を、改めて誇りに思うのでした。

    更には、この日の為に書き下ろしアレンジされた楽譜を信州のアカペラグループ皆で譲り受ける事となったのです。

    なんてラッキーなことかしら!

    お陰様で、私達は「信濃の国」を地元のステージでじゃんじゃん歌えるようになりました。

    心地良いメロディと、信州が凝縮された歌詞。歌うたびに会場をひとつにしてくれます。
    本当にありがとうございます。

    いつか6番まで完成するかしら、、、しらんけど(笑)
    もしも、演奏を耳にする機会がありましたら
    是非一緒に歌って下さいね。

    以上、
    信濃の国で結ばれた松本ママカペラのエピソードでした。ありがとうございました!!

    <※キャンペーン窓口注>歌唱動画は下記のURLでアクセスするか、このページの下部『番外編』コーナーでご覧下さい。
    https://youtu.be/PA6cIyk44Is
    松本ママカペラ (代表 猫に小判)
  • ま~つも~と~いいなぁさ~く
    ぜ~んこおおおじ~
    の後にすかさず入る
    “ぜんこ~じっ”のコーラスが好きで
    友達とそこばっかし繰り返したなぁ


    <※キャンペーン窓口注>こちらの作品は絵手紙です。作品画像は下記のURLでアクセスするか、このページの下部『番外編』コーナーでご覧下さい。
    https://www.instagram.com/p/BoeIVGTB25N/
    山岸 麻美
  • 「短歌」

    雲海に はしゃぐ横顔 大人びて 夢語る君 夕日が照らす
    翁草
  • 「短歌」

    嫁ぎ行く 君と最後の 二人旅 目に焼き付ける 赤そばの里
    あーちゃん
  •  「信濃の国」って歌があるの…?

     関東出身の私は、長野出の夫と結婚するまで、その存在を知りませんでした。ぼんやりと、どこかの県の人全員が歌える歌があるという噂は知っていましたが、それが長野県の歌で、「信濃の国」という名前とは露知らず。当然、曲そのものも聴いたことは全くありませんでした。

     しかし結婚してから、不思議なことに「信濃の国」に出会うことが多くなったのです。TV番組で特集していたり、物産展で聞いたり、子どもの幼稚園の先生が知っていたり…。私の職場に長野県出身の新人さんが入ってきた時は、試しに歌えるか聞いてみました。彼は驚いた様子でしたが、嬉しそうに歌ってくれました。そのことを夫に話すと、これまた笑顔で歌っていました。

     私の出身県には、こういった文化(?)はありません。そもそも県の歌があるかどうかも分かりません。長野の人は変わっているなと思いますし、ここまで歌が広まっていることに不思議な感じもします。一方で、人と人をつなぐものがあることが羨ましくもあります。同じ歌を歌うことで、何か縁のようなものができていくのでしょうか?

     件の夫とは、今は仕事の都合で別々に暮らしていますが、いつの日か一緒に長野県で暮らしたいと考えています。そのときは子どもと一緒に「信濃の国」を歌って、県外出身の私ですが、気持ちだけでも信州人になりたいと思います。

    ゆみたんおくたん
  • はじまりは蓼科女神湖から

    真夏の8月7日。その日は私の誕生日。どうしてもこの日に結婚式を挙げたいという思いから、式場探しが始まりました。

    私たちの住まいは神奈川と大阪。暑さから逃れられ、夏の楽しいひとときを過ごせる場所を思い描いていました。どこがいいのかな…?ブライダル雑誌を眺めていると、一枚の写真が目に留まりました。『蓼科の女神湖』です。にぎやかな観光地の湖とは違い、落ち着いた雰囲気が漂い、白樺の木々がやさしく迎えてくれる、まさに理想的なところだと、すぐにわかりました。

    結婚式当日、純白のウエディングドレスに身を包み、ロールスロイスで湖をのんびり一周。運転手さんが時折クラクションを鳴らし、行き交う人に私たちの結婚を伝えてくれました。「おめでとぉー」温かい声と拍手が送られました。優雅さと、贅沢、そしてこの上ない幸せを感じました。

    結婚20周年の夏、私たちはこの場所に戻ってきました。新たに2人の子供も加わりました。湖から吹く風が肌に心地よく、白樺が体をふるわせながら「お帰り」と言ってくれているようでした。

    湖をバックにブライダルフォトからファミリーフォトへ、住まいも日本からオーストラリアに変わりました。時は川のように流れていますが、私たちの出発点はここ、蓼科女神湖です。これからも、変わることなく…。
    女神
  • 息子と旧開智学校

    「これが学校なの?」小学6年生だった私は、社会の教科書に載っていた一枚の写真に引き寄せられました。味気のない校舎のイメージを覆す、異国情緒あふれるモダンな建物です。「一度見てみたい!」春休み、長野県内に住む叔父に連れていってもらいました。重要文化財の『旧開智学校』です。

    30年後、男の子を授かりました。どんな名前にしようかな?寝ても覚めても頭の中は名前のことばかり。しかし…なかなか思いつきません。意味があり、読みやすい名前はないかしら?そんな中、ふと、あの開智学校が頭に浮かんできました。開智かぁ。開智、開智。いい名前!とっても深い名前だと思いました。

    開智学校との出会いから35年後、今度は息子の開智を連れて、この学校を訪ねました。入口の前に立つと、言葉では表現できない感情がこみ上げてきました。「ここから名前もらったんだよ!」思わず息子の手をぎゅっと握りしめました。外は夏の日差しが照り付け、白壁の校舎がなお一層まぶしく感じます。そんな光景を見ていると、この学校と私は、何か見えない糸で結ばれているような、不思議な気持ちになりました。

    息子もいつのまにやら大きくなり、自分のことを「開智」から「ボク」と呼ぶようになりました。子育てに追われ、毎日が目まぐるしく過ぎていきますが、毎朝欠かさず息子に語りかけている言葉があります。「開智の開智は、自分の能力を引き出し、知識を広げる開智です」と。
    智子
  • 心のふるさと会吉

    「とわかっただろう。よっぱらってないか(遠かっただろう。車酔いはしてないか)」
    祖母は曲がった腰を一生懸命伸ばし、神奈川から来た私をこう迎えてくれました。
      
    長野県旧四賀村の『会吉』。山間にある小さな集落です。ほかほかと湯気が上がったなす味噌のおやき、皿にこんもり盛られた野沢菜の漬物が食卓にのぼります。子供の頃は、すっごくおいしーい!とは言えませんでしたが、年々味わい深いものに変わっていきました。夏のおやつは、畑から採ったばかりのトウモロコシをその場で塩ゆでし、がぶりつきます。トウモロコシってこんなに甘いんだぁ。新しい発見でした。

    春になると、山のてっぺんまで登り、こだまと遊びました。夏は畑でトンボと追いかけっこ、秋は落ち葉の下からきのこの宝探し、冬は雪の中へ大きくジャンプ! どこを見ても四角い建物と、こうこうと光る街明かりの中で暮らす私には、ここで体験するすべてが新鮮で、ワクワク、ドキドキの連続でした。

    ただ、一つだけ困ったことがありました。それはトイレが外だったことです。夜はお化け屋敷よりずっと怖く、足がすくみます。でも満点の星が、私を照らしてくれました。まるで手に届きそうな、降ってくるような…。空は一面、星の花畑でした。流れ星を見ながら、星の流れる速さを知りました。とっても早い!残念ながら願い事は、一度も出来ませんでした。

    祖母が他界し、20年もの歳月が流れました。いつの日からか、会吉に帰ることもなくなりました。しかし、ここで見た山の表情、色とりどりの菊畑、そして口に広がる手作りのおいしさは、私の記憶から消えることはありません。会吉は、私の心のふるさとです。ずっと、永遠に…。
    会子
  •  俳句 高遠の里を霞める花月夜

     俳句 姨捨の田毎と言へば見ゆる月

     俳句 信州は国のまほらや青山河
    安田 蝸牛 (やすだ かぎゅう)
  • 小学生の頃、校舎から見えるあの山の向こうはどうなっているんだろう?
    そしてどんな景色があるのだろうか?絶対行ってみたい。
    ずっとそう思っていた。その夢は現実になった。
    家族で訪れた富士山。新潟県糸魚川市から国道148号線を長野県松本市方面
    に南下。南小谷を過ぎ、白馬・栂池を通過。右手に見たことがあるような形の
    山が見えてきた。もしかして?と道路地図を見た。身体中に電流が走ったような感覚。
    ビビビッと来た。これが見たかった景色だ。
    私は隣の富山県に住んでいる。富山県では、
    富山側から見える立山連峰は「立山」と言い、
    長野側から見える立山は「後立山」と言う。
    小さい時から見慣れている立山とは違う壮大な山並み。男らしさが感じられる
    ずっしりと構えているかのようだった。
    さらに国道148号線を南下。信濃大町からはまた違った山並みが見えてくる。
    松本インターから中央自動車道に乗ると、
    乗鞍・美ヶ原などの違う形の山が見えてくる。何て素晴らしいんだ。
    この僅かな距離で色々な山や景色が見られる。これは富山県と違うところだ。
    信州は第二の故郷。1人旅で何度訪れたことか。安曇野の道祖神・美術館巡り。
    長野の善光寺。小布施や岩松院。家族で訪れた軽井沢。ソースカツ丼を食べに伊那や飯田も訪れた。
    北陸新幹線ができ、ますます信州が近くて便利になった。
    今では娘もアルクマ君に会いたいと一緒に信州を訪れている。
    あずさ2号
  •  俳句 旧軽の三笠の道の風光る

     俳句 新蕎麦の幟の揺れる戸隠に

     俳句 木曽路来て奈良井の宿の木守柿
    安田 蝸牛 (やすだ かぎゅう)
  • 私は松本市出身で、小学校のときに音楽の授業で信濃の国を教わりました。それ以来、家でもよく歌うようになり、父と歌ったり、カラオケでも必ず歌っていました。

    今年の春、大学生となり、県外に出ました。水道水が口に合わなかったり、長野県の気候が恋しくなりホームシックにかかっていたとき、同期でカラオケに行くことになりました。カラオケに行き、まさか無いだろうと思いながら機械で検索したら信濃の国があったのです!!とても嬉しくなり、大熱唱しました。それからもカラオケに行くときは必ず歌っています。

    私にとって信濃の国は故郷を思い出させてくれ、ホームシックを慰めてくれる歌です。

    信濃の国50周年おめでとうございます!これからもたくさん歌わせて頂きます!!
    夏蜜柑
  • 私が20歳の時、もう36年前の事になります。
    車の免許を取って初めて会社の同期4人で向かったのが軽井沢でした。 小さな車で碓氷峠…いくら踏み込んでもパワーが出ず登るのに大変苦労したのを今でも鮮明に覚えています。途中、後ろについた車に申し訳ないと思いながらも必死に運転しました。そして碓氷峠を超えたところで休憩、後ろについていた車も停まりました。そこに乗っていたのは、ちょうど同じ年のやはり会社の同僚達で、そこで私達と意気投合し楽しい時を過ごしました。無事、軽井沢に自分の運転で着いた時はホッとしました。今でも軽井沢は大好きな場所です。

    最後に一句
    アルクマの リュックは信濃のリンゴ色
    タッキー
  • あるエッセイを読んでいると、左の視界の端、だいたい5行ほど先の距離に「信州」の文字が見えた。
    私は長野出身だ。とくべつ郷土愛が強いというわけではないが、地元は人並みに好きだし、愛着もある。長野が書かれていることは単純に嬉しい。
    作者は旅行でもしたのだろうか?長野のどこら辺?もしかして、知っている所だったりして。もしかして、この先の文章を読んだら、作者と私の距離がかなり縮まってしまったりして。久しぶりに信州蕎麦、食べたいな…。十数秒、そんなことを考えながら読み進めた先には、信州ではなく信用の二文字があった。
    正直とても悲しくなった。当然この先に待っていると思い込んでいた信州のあれやこれやについて、むくむくと想像してしまった自分を静かに恥じた。漢字を見間違えた十数秒前の自分にツッコミを入れたい。そして同時に動揺した。信州では無かったことに、割と大きなショックを受けていることに。どうやら私はこの十数秒の間、かなり楽しみにしていたらしい。ということはつまり、自覚している以上に私は長野が好きだということみたいだ。これはあれだ、少女漫画の「うそ…わたしって、いつの間にアイツのことこんな好きになっちゃってたの…?」的感情に近い。なんだかむず痒い。でも少し嬉しい。
    信濃の国を久しぶりに口ずさんでみる。歌詞は少し怪しかったが、メロディは全て憶えていた。
    あさみ
  • 「信濃の国」の歌を聴くと、いつも浮かぶ光景があります。もう30年以上前のことになりますが、それは、私が大学進学のため、埼玉県に引っ越しをした日のことです。
     いとこに運転をお願いして母と私と一緒に乗り込み、夜中に大町を出発しました。当時はカーナビもなく、地図を見ながら、仮眠を取りながらの道のりでした。何とか朝方到着。それほど荷物がないので、昼前には片付き、早めのお昼にしようとなりました。「今日は特別な日、美味しいものを食べよう」と母が提案。ちょうどはす向かいにお寿司屋さんがあり、そこに入ることになりました。「いろいろ物入りのときに、お寿司なんて申し訳ないな・・・」と思いましたが、手伝ってくれたいとこへのねぎらいもあり、賛成しました。
     そのお寿司屋さんは、こぢんまりとして内装もさっぱりとしたお店でした。通された小上がりに腰を下ろしてふと見上げると、「信濃の国」が書かれたのれん(もしかしたら手ぬぐいだったかもしれません)が目に飛び込んで来ました。
     「あっ!」
    3人ともにそれを見上げてパッと笑顔になりました。
     中でも、母の笑顔は格別でした。見知らぬ土地で一人暮らしをはじめる娘のことを、それほど言葉にはしないものの心配だったはず。「信濃の国」がそこにあるだけで、安心した気持ちになったのだと思います。
     店のご主人に伺うと、先代が長野のご出身とのこと。その後母は、長野県から来たことはもちろん、この町のことをお店の方にあれこれと尋ねていました。まるで、自分がここに住むかのように。
     店を出る時には、 「よろしくお願いしますね。」と、深々とあいさつをしていました。
     学生の私には、お寿司は贅沢すぎて、残念ながら、その後一度もおじゃますることはありませんでした。母は、その5年後、私が県内に戻って就職したその年に亡くなりました。この思い出は、もう随分昔のことになってしまいました。しかし、あの「信濃の国」を見つけた光景は、今でも大事な母との思い出として心に焼きついています。
    かこちゃん
  • あれは小学6年生のこと。
    長野市では毎年、市内の6年生たちが一同に会して合唱や演奏を交歓する、合同音楽会というイベントがあった。

    そこで各学校の発表が終わり、最後に行うのが「信濃の国」の大合唱。
    わたしの母校では、歌詞を見ながら歌ってはいけない!当日までに全員6番まで歌詞を覚えよう!とのことで、当時は意味すらまともに分からない歌詞を、みんな必死で頭にたたき込んだ。

    特に、わたしのクラスの本気度は違った。
    国語の授業で、「信濃の国」の歌詞を1番から6番まで何も見ずに書き、出来たら先生のもとに持っていく。ひとつでも間違いがあれば、もう一回、1番から全ての歌詞を書き直し。また何も見ずに書き、出来たら先生のもとに…を繰り返した。

    この授業があったおかげで、わたしは25歳になった今でも、「信濃の国」は歌詞を見ずに6番まで完璧に歌える。
    上京して7年経った今では、周囲の誰かに自慢できるわけでもないが、長野県民でも6番まで全てを歌える人が少ない中、「信濃の国」は、わたしの小さな自慢のタネだ。
    Amy
  • 長野との県境まで歩いて行ける、山梨の端に私は生まれた。まだ中央自動車道はなく、国道や農道で諏訪地方と通じるひとつの生活圏ができていた。山梨県庁へ行くより長野は近いので「信濃の国」は「山梨県の歌」より親しみがある。いまだに長野県民ではないから心で口ずさむばかりだが、長野と接する土地の暮らしを何よりも楽しく思い出せる。

    両県の端と端をまたいで生きる人は、子供だった私の近くにも多かった。長野県人でありながら山梨県の学校教員になった人もいて、みな車で通ってくる。彼らにしても松本市や長野市へ出るより、山梨県に入って働くほうが効率よい。父と私がともに教わった先生もその一人。太平洋戦争中に採用された彼は中央線「信濃境」駅の近くに住んでいた。

    父の担任をしたのち30年を経て、私の卒業写真では校長先生になっている。眼鏡をかけた細面は変わらず静かだが、卒業式で彼が「信濃の国」を歌うのを聞いた時、定年が近い先生の声より、いつもの静けさとは別の、溌剌とした表情が12歳の私に迫ってきた。山梨で教員となって40年余り、この山間の地域に寄り添ってきた誇りが流れ出るようだった。

    昨年、富士見町の広報で90歳半ばを超えた先生の訃報を知った。あの日、「信濃の国」を歌った先生の頼もしさは、同じ県境の町を生きた人としてこれからも私を支えてくれるはずだ。
    みかん8号
  • 長野県軽井沢町に通い始めて、もう20年。結婚相手の父が雨宮出身ゆえ、初訪から45年。宴席では、「信濃の国」の大合唱。最近、縁あって長野県民事調停委員になったが、研修、宴席はまたも「信濃の国」一色に加え、君が代、万歳三唱など多彩。神武東征の案内役を紀州で担った我が祖先も、ヤマトタケルにつき従い、小海を過去に遠望したと信じ、毎年「長野県民手帳」を買い、「信濃の国」を復唱しています。
    東京にも銀座にNAGANOあり。月に何度かの軽井沢・御代田・佐久・小諸・東御を走り、浅間を眺めるのが楽しみな「陸に上がった海賊・鉄砲衆」の末裔です。今後も長野の四季を愛で、広く友人・知人を招いてPRしたいと考えています。
    パパクチル
  • 県歌信濃の国の4番を篠笛演奏させていただきました。
    4番に登場する名所を思い浮かべて聞いていただければ嬉しいです。



    <※キャンペーン窓口注>演奏動画は下記のURLでアクセスするか、インスタグラムにて
    #信濃の国4番、#myシナソン で検索してご覧下さい。
    https://www.instagram.com/p/Blbi_VAgZam/?utm_source=ig_share_sheet&igshid=lw4lepdq46nf
    山の上のおくら
  • WHAT A WONDERFUL WORDS!

    かつて英会話教室に通っていた頃、米国人講師から、長野県のあれこれを質問された。私は英語で答えることができず、思いあぐねた末、「信濃の国」を歌った。
    彼は「ナイス・メロディー」と言って絶賛したが、歌詞の意味が分からず、私にその英訳を求めた。
    私は受講者全員の力を借り、やっとの思いで英訳した。彼は、その「迷訳」をどうにか理解できたらしく、「オー!ワンダフル・ワーズ」と言って、彼もまた熱心に覚えようとしていた。
    講師としての契約期限が切れ、帰国した彼から今も、「往時を思い時々『信濃の国』を口ずさんでいる・・・」との懐かしい便りが届く。海を越えて歌われている『信濃の国』。うれしいことだ。
    越 保博
  • 信濃の国は一番までしか歌えません。しかし、聞く度に自分の故郷が長野であることを
    強く実感します。地元に居る時も居ない時もこの曲を聞く度に自分には帰る故郷があると実感が出来ます。
    青木洋佑
  • 県歌「信濃の国」に寄せて

    県歌制定50周年おめでとうございます。
    私は、大正11年生まれ、少々身体は不都合ですが、無事今年96才を迎えることができた者です。
    そんな私にとって、日常的でありながら感慨も一入な歌が「信濃の国」です。
    それは、小学校高等科2年生の頃のこと。
    ずい分昔の話です。当時勤務されていた男性教師であるT先生が「信濃の国」の踊りを教えて下さったことです。
    歌は知っていても「踊り」は知らなかった私たちでした。
    早速、皆で運動会で踊ったことは言うまでもありません。
    卒業後、何年かたち、同級会が開かれ、旧交を温めあった時、だれかれなしに「信濃の国」が歌い出され、大合唱となりました。
    その折、私は一足飛びに小学校時代の楽しい思い出と共になつかしさでいっぱいになり、思わず一人飛び出し、皆の歌と一緒に踊りました 年月は過ぎても身体は覚えているものですね。
    以後、諸会合でも踊ったものです。
    残念ながら、今は同級会もなくなり、同級生の多くは、手の届かぬ彼方へ行かれてしまいました。
    私自身も、ふだんはベッドが友の生活になってしまいましたが、どこからか「信濃の国」のメロディーが流れて来ますと自然に1番から6番までの歌詞が口をついて出ます。
    「信濃の国」は、私にとって古き良き時代につながる歌です。
    歌と共に踊りもぜひ後生に受け継がれんことを願っています。
    上條時子
  • 【県歌·信濃の国 五十周年に寄せる思い】
    ~・信濃の国、おもしろエピソードと不思議、更なる郷土愛を慕って・~

    「信濃の国は~♪」と聞かれてその次の節を歌える人はどの年齢層のどの地域にどのくらい存在すると思いますか?みなさんは考えたことがありますか?「信濃の国」は県歌として昭和四十三年に誕生し時代の変遷と共に県政・生活・風土と激しい変貌を遂げる中、県民みなさんの支えとご理解のもと五十周年を迎えられたこと心よりお祝い申しあげます。今日はそんな信濃の国における私のおもしろエピソードを時代の背景と共に紹介します。

     私がこの曲と出会ったのは昭和五十六年のことでした。当時長野市立南部小学校の一年生で恩師はいつの時代のどこの地域で生活しても県民性を心の根っこにおき長野県を慕う人情と愛着心から長野県人同士が集結して手をつなぎ強き郷土愛と信州人としての誇りを露わにする橋渡が県歌・信濃の国で将来長野県のシンボルとなる。それがゆえに定着させることを鑑みて歌詞や旋律が全く理解できない世代ではありましたが習わしだったせいか朝、毎日繰り返し歌うがゆえ一年間で心置きなく歌えるようになったことに感謝申し上げたい。
     十年前、世界遺産白川郷を訪問したときのことでした。偶然にも長野県出身のプロカメラマンと宿泊先を共にし、夕食で囲炉裏を囲んだときのことである。お互いが長野県出身であると分かった瞬間、相手のカメラマンから即座に「信濃の国は♪」と朗らかな一節を投げ掛けられた私は「十州に境連ぬる国にして聳ゆる山はいや高く流るる川はいや遠し~よろず足らわぬことぞなき」と一番をそのまま歌ってしまうのでした。「おおっ!」とお互い歓声を挙げ拍手を交わし酒を酌み交わすのでした。そこには郷土を慕い熱き長野県の県民性が晩秋の夜の合掌家屋の下にあかりを灯した一瞬でした。なんとうれしく懐かしいことかと身にしみ心にしみた。
     二十二年前、就職活動である水系統のシステム構築を請け負っている県内企業に面接に行った時のことでした。「北に犀川千曲川、南に木曽川天竜川」とリズムに合わせて話すと面接官は笑顔を浮かべながら、「おお、わかったわかった。」と言ってうなずいたことを覚えている。両者が信濃の国を介することで郷土・信州を共感したのだった。
     信濃の国は歌詞が六番という長さで構成され、一番~三番まで続いた高くて溌剌なメロディーが四番では低くて緩やかに語り掛けるメロディーに変化し五・六番で元に戻るのが特徴でこのことは誰しもが脳裏に浮かぶのではないか。都道府県民歌では他に類をみない長野県歌の独創性がある。とりわけ四番の歌詞は不思議で「園原、寝覚ノ床、久米路橋、筑摩の湯、姨捨山」と木曽、犀川、松本、千曲と四地域が関連もなく一節に組み込まれたことだ。この節は何を伝えたかったのか定かではない曖昧な一節である。
    六番、「穿つトンネル二十六、夢にもこゆる汽車の道」今はなき横川~軽井沢を走る碓氷峠で明治二十五年、信越本線の開通を祝ったときの一節になる。実際トンネルの数を数えると上線が十一、下線が十八、足して二十九となり二十六という数字はどこにも存在しない。なんとも不思議な一節で未解である。
     このように信濃の国は広く県民から慕われ受け継がれ今も顕在しているのである。最も印象的な出来事は平成十年冬に開催された冬季長野オリンピックの開会式で日本人選手団の入場と共に歌われた信濃の国は何かしらある種の熱烈とした印象を受けたことを二十年以上経過した今でも思い起こされる。世界の長野県になったのだ。ここに半世紀及ぶ歴史を顧み県は今、予測の難しい未来を目前に控えている。六番「国は偉人のあるならい」とあるように長野県民の皆様がいろいろな分野で広く活躍されることを祈念し郷土に生きることへの誇りを持ち続け更なる五十年に向けて着実に歩み続けることに期待を寄せ信濃の国の精神が未来永劫に止むことなく受け継がれることを願う。
    小口 泰幸
  • 息子は小学4年生の夏休みの自由研究で「信濃の国」をテーマに長野県を学びました。ちょうど小学4年生から長野県の学習を始めることから、信州大好きな母(私)の強引な提案で、息子と一緒に「信濃の国」の中に出でくる事を学び、ちなんだ場所を巡りました。もちろん車の中で「信濃の国」を歌いながらです(笑)。自由研究をだしにして思いっきり信州を楽しんだ夏でした。お陰で息子の自由研究は金賞をいただきました。
    北村 美保
  • 以前、会社勤めをしていて、自社系列のインドネシア工場に、短期出張で何回も滞在していました。現地での日本人スタッフは、全員が長野県の出身者でした。工場長が、退職をすることになって、現地の日系の食堂で送別会を開催しました。現地のインドネシアのマネージャーも参加していましたが、宴会が終わる時に、「信濃の国」を歌おうと言うことになりました。日本の工場でも歌ったことがなかったのですが、参加者みんなが、何十年ぶりかの合唱でした。みんなが歌詞を忘れずよく歌っていました。長野県人のつながりは、この県下で一層の努力を誓い、会社を繁栄していく心意気ができました。
    Mizuta
  • 長野冬季五輪と「信濃の国」の思い出話を送ります。
    五輪当時、私は東京で銀行系のソフト会社で働いていました。
    この会社では、社内LANで役員とも自由に意見交換ができる環境で、長野五輪開会式を見た感想を社長に送り、それについて社長談話として社内全体に公開されたのが以下の文です。長野県民と「信濃の国」の関係が良く言い得ていると思います。


    タイトル :
    その80
    作成者 : 社長
    作成日 : 98/03/12 14:04
    有効期限 : 03/12/31
    カテゴリ : 社長談話



      その80

     長野県出身のある社員からメールをもらった。開会式の日本選手団入場の時の音楽「信濃の国」を聞いて思わず涙がこぼれそうになった、という。他の人たちはこの歌の記憶があるか。長野県人以外でこの歌を知っている人は希だろう。ところが長野県人は一人残らず知っていて、一人残らず歌って感激するという不思議な歌である。いつごろできたものか私は知らないが、いわゆる民謡ではなく、よくある校歌みたいな感じの歌である。

     私は長野県人ではないが、この歌をよく知っている。私の友人には長野県人が比較的多い。彼等と酒を飲んでいると何かの拍子にこれを歌う。もう何回も聞かされて覚えてしまった。歌い方がまたすごい。どんなに酒が入っていても、すっくと直立不動の姿勢で、生真面目に真剣そのものである。自ら感動して目がうるんでいたりする。最初は私もびっくりしたが、これは長野「国歌」なのだと分かって納得した。

     アメリカ人の国歌の歌い方によく似ていると感じた時に私なりに理解した。彼等もよく歌う。真剣に、心をこめて、自ら感動しながら歌う。君が代などとはまったく違う。それは異民族・異文化のぶつかり合う社会の中で何とか一つの「国」としてまとまろうという手段であり、その気迫がこもっている。星条旗をそこら中に立てたがるのも同じである。われわれはイギリス人でもなく、ポーランド人でもなく、ベトナム人でもなく、日本人でもなく、アメリカ人なのだと事あるごとに確認をしている。それが国歌であり国旗なのだ。

     私は長野県のことをよく知っているわけではないが、長野市を中心とする北信濃と諏訪・松本市を中心とする南信濃とに分断されて、ほとんど交流がないと聞く。地形的な理由もあるが、昔の越後上杉と甲斐武田の勢力争いがいまだに尾を引いているらしい。これがこの長野「国歌」を歌う時には北信人も南信人も一つに融け合ってしまう。われわれは一つの長野なのだと、感動を持って確認し合う。音楽の凄さである。
     誰が作った仕掛けか知らないが、長野県人は見事にこの仕掛けにはまっている。北であれ南であれ郷里を愛して止まない人々なのだ。他にもこういう例があるかどうか私は知らない。




    この文を書かれた方は、某国立大経済学部を卒業し、某金融機関の常務を経て私の会社の社長に来られた方です。
    ですから、文中にある友人の長野県人は、皆それなりの地位のある方だと思います。
    その方々が酒の席とはいえ、「すっくと直立不動の姿勢で、生真面目に真剣そのものである。自ら感動して目がうるんでいたりする」姿で信濃の国を歌う場面を想像すると可笑しくなります。

    空飛ぶじいちゃん
  • 今年は県歌「信濃の国」が県歌として制定され満50周年ということで、大変うれしい節目の年となっています。県民すべての方々に愛され唄われている事は大変誇りに思いうれしい事です。また県内各地で「信濃の国」の歌に関して、コンサートやイベントが催されている事も誇りに思うところです。
    この時にあって、信州の青年達の為の歌もあったら、未来を担う若者達を勇気づける歌、青年達が誇りを持ち堂々と前進する歌があったら・・・と私は思ったのです。
    そこで私は稚拙ですが、心を込めて「信州若人の歌」を作詞してみました。

    「信州若人の歌」
     朝な夕なに 仰ぎ見る
     雄々しき姿の 山々に
     歌声清(さや)か 谺(こだま)して
     血潮みなぎる 若人は
     果てなき空に 夢を追う
     燃えたつ意気と 情熱で
     真理の扉 開かんと
     正義溢るる 若人われら

     豊かな文化 讃えつつ
     守りて寄り添う 誇らしく
     学ぶ喜び 幸せを
     声高らかに 謳歌して
     仰ぐ希望の 白い雲
     たゆまぬ努力 探究で
     世界の上に 堂々と
     手をとり進む 若人われら

     輝く歴史 重ねたる
     まほろば信州 栄えあり
     熱き心を 通わせて
     気高き理想 語る者
     未知なるものに 挑む者
     尊き英知 培いて
     人世の為に 尽さんと
     誓いて進む 若人われら
    越 保博
  • 我が故郷の信州中野を「信濃の国」に!
    信濃の国 信州中野編
    ♪ 天領の里の中野には
     桃やぶどうやエノキなど
     果樹の天国豊かなり
     土の雛(ひいな)の雅(みやび)なる
    蒲公英(たんぽぽ)
  • 長野運動公園陸上競技場にて。県歌制定50周年を記念するメッセージフラッグに、多くの選手が参加しました。みんなナガノが地元が大好きだから、それを表したい気持ちでいっぱいです:)
    どっこらせ

コーラスリレーの応募作品はこちら

番外編

【ピアノ伴奏ver】4歳から高校生までの団員が仲良く活動中です(1976年創立・2016年「第1回長野市こども文化芸術賞」受賞)。
「信濃の国」は長野の文化ですよね。長野県HPの「信濃の国」日本語と英語バージョン、両方を歌っているのも長野少年少女合唱団です。
そちらも聞いてくださいね。
長野少年少女合唱団
信濃の国 応募作品
長野県聴覚障がい者情報センター
2009年の信濃の国まつりでの演舞 大賞を受賞、2007年からの三連覇となった。生命誕生のイメージから始まり 最後に「未来へ~」の声で終わっています 飯山市のAQUAの太鼓をまとった演舞
高丘女声コーラス 鈴木伸一
2007年「信濃の国まつり」での演舞  この年の大賞(優勝)になりました。飯山市のAQUAです 松本市制100周年イベントで 松本城でも演舞しました
高丘女声コーラス 鈴木伸一
佐久市立浅科小学校4年生です。
県歌「信濃の国」で長野県のことを学習したり
運動会ではダンスを披露したりしています。
私たちは長野県が大好きです。
浅科小学校4年生 × 長野県PRキャラクター「アルクマ」
今年の夏「第17回日本スカウトジャンボリー」が石川県珠洲市で行われました。この大会は、海外スカウトも含めて13,000人が参加し、
 その交流会で「信濃の国」を踊り、みんなで盛り上がりました。これは、大会報告会の際「熱かった」夏を思い出しながら踊った時の映像です。
ボーイスカウト東信地区
<※キャンペーン窓口注>こちらの作品はエピソード部門にご投稿いただいた絵手紙です。
大きな画像はインスタグラムでご覧ください。
https://www.instagram.com/
p/BoeIVGTB25N/
山岸 麻美
信濃の国(安曇野コンサートバージョン)
アカペラグループ Queen's Tears Honey
これからも、信濃の国を歌い続けていきます。
松本ママカペラ
2014年に自分たちの住んでいる佐久市をPRしよう!という気持ちで作ってみた動画です。私たちの自慢の佐久市が一望できる展望台でアルクマカラーで踊ってみました!
ダンスクラブKDC キッズクラス
県歌”信濃の国”を伴奏にして太極拳を演武しました。
塩尻武術太極拳同好会

■本キャンペーンの問合せ先

長野県企画振興部広報県民課 県民の声係

〒380-8570 
長野県長野市南長野幅下692-2 
TEL 026-235-7110

nanaコミュニティー

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みんなで歌って盛り上げよう!

nana

応募要項

長野県企画振興部広報県民課(以下「長野県」)が実施する「未来へつなごう!信濃の国」キャンペーン(以下「本キャンペーン」)への応募にあたり、応募者は下記の内容を確認し、同意の上で応募するものとします。また、応募の事実をもって、本規約に同意したものとみなします。

1.応募資格
特にありません。個人、グループどちらでも応募できます。

2.応募作品について 

  • (1)
    応募作品は、応募者ご自身が制作した未発表かつオリジナルのものに限ります。
  • (2)
    応募点数に制限はありません。ただし、抽選又は受賞は同一人につき1回限りとします。
  • (3)
    応募作品及びその他応募時に投稿いただいた内容(以下「応募内容」)の著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む)は、応募時点で長野県に譲渡されることとし、応募者は、本キャンペーン開催中並びにその終了後も、長野県に対し著作者人格権の行使をしないものとします
  • (4)
    応募者は応募内容が第三者のいかなる権利も侵害するものではないことを保証し、万一第三者から権利侵害等を理由とした苦情やクレームがあった場合、応募者自身の責任と費用により当該紛争を解決するものとします。
  • (5)
    長野県では、応募内容を特設Webサイト「未来へつなごう!信濃の国」上に掲載させていただきます。(ただし、掲載を保障するものではございません。)なお、応募者は、応募内容、氏名またはハンドルネーム、Twitterユーザー名、Twitterアイコンの全部又は一部、Instagramユーザー名、Instagramアイコンの全部又は一部、YouTubeユーザー名、YouTubeアイコンが、本サイトやマスメディアで紹介されることがあることを予め承諾するものとします。
  • (6)
    投稿していただいた作品は、長野県のPRツールとして本キャンペーン開催中並びに終了後も編集・使用させていただくことに承諾をいただいたものとします。
  • (7)
    投稿頂いた作品は、編集の都合上、50周年記念ムービーに採用されない場合がございます。予めご了承ください。

3.応募いただけない作品について

  • (1)
    応募作品が次の各号のいずれかに該当する場合は、応募いただけません。

    ① 

    第三者の著作権その他の権利を侵害しているもの。又は侵害するおそれのあるもの


    ② 

    第三者を誹謗中傷しているもの。またそのプライバシー権及びその他の人格権を侵害しているもの、又はそのおそれのあるもの。


    ③ 

    わいせつ・残虐・差別的な内容を含むもの。


    ④ 

    公序良俗に反しているもの。又は反するおそれのあるもの。


    ⑤ 

    他のキャンペーン等に応募済みのもの。


    ⑥ 

    本要項に違反して応募されたもの。


    ⑦ 

    その他長野県が不適切と判断したもの。

  • (2)
    応募内容が前項の各号の一にでも該当するものであると長野県が判断した場合には、応募者に対する通知等を行なわずに、応募の取り消し及び受賞の取り消しなどの対応を取ることが出来るものとします。

4.抽選・審査及び受賞について

  • (1)
    応募時の必須登録事項に漏れや誤りがあった場合、又は虚偽の内容があった場合は、抽選ならびに審査・受賞の対象外になります。
  • (2)
    同一人が複数応募された場合、抽選又は受賞の対象となるのは応募作品のいずれか1つとさせていただきます。
  • (3)
    抽選・審査の結果は、当選者・受賞者へのメール送信(ただしTwitterでの応募の方はTwitter上のダイレクトメッセージ(DM)への送信、Instagramでの応募の方はInstagram上のDM、LINE@での応募の方はLINE上のメッセージ)又は郵送、及び本サイトへの掲載により通知・発表させて頂きます。(※ドメイン指定をされている方は、『pref.nagano.lg.jp』のドメインからのメールが受信できるよう設定してください。)
  • (4)
    受賞者の方は2019年2月に開催を予定している、優秀作品の表彰セレモニーへご参加いただきます。
  • (5)
    当選者・受賞者に対し、賞品の発送をさせて頂くためのお届け先情報(①お名前 ②年齢 ③郵便番号・住所 ④電話番号 ⑤希望賞品)を別途、お伺いしますので期限までにご回答ください。なお、お届け先は国内に限ります。 
  • (6)
    応募者の皆さまから提供いただいた個人情報は、応募内容に関する確認・お問合せ、賞品のお届け及びキャンペーン等に関する情報のご案内に利用いたします。それ以外の目的に使用することはありません。
  • (7)
    受賞の権利は、第三者へ譲渡し又は換金等することはできません。 
  • (8)
    賞品の内容は、やむを得ない事情により変更させて頂く場合がございます。
  • (9)
    賞品の変更、換金及び返品などはお断りさせていただきます。
  • (10)
    以下の各号のいずれかに該当された場合は、受賞の権利を取り消しさせていただきます。

    ① 

    受賞者と連絡が取れない等の理由でご受賞をお伝えできない場合


    ② 

    賞品お届け先のご連絡締切日までに、ご連絡いただけなかった場合

  • (11)
    審査の経過や結果などに関するお問い合わせにはお応えできません。

5.その他 

  • (1)
    諸事情により、予告なく本キャンペーンの内容を変更又は中止する場合があります。予めご了承下さい
  • (2)
    本キャンペーンへの応募により応募者と第三者との間で生じたトラブルについて、長野県は一切責任を負いません。
  • (3)
    インターネット通信料・接続料及び応募に際して必要となる全ての費用は応募者の負担となります。
  • (4)
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